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岐阜地方裁判所 昭和30年(ワ)329号 判決

原告 早川礼一 外五名

被告 益田川漁業協同組合

主文

原告等の請求を棄却する。

訴訟費用は原告等の負担とする。

事実

第一、当事者双方の申立

原告等訴訟代理人は「被告組合が何れもその肩書事務所に招集した昭和二十九年十月四日及び同年十一月二十八日の各臨時組合員総会並に同三十年三月十四日の定時組合総会における被告組合が訴外中部電力株式会社より受領した漁業補償金の処分に関する各決議は何れも無効であることを確認する。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、

被告訴訟代理人は主文同旨の判決を求めた。

第二、当事者双方の主張

一、原告等訴訟代理人は請求の原因として、原告等は水産業協同組合法に基き昭和二十四年十一月二十四日設立された被告組合の組合員であるが、被告組合は何れもその肩書事務所に招集した昭和二十九年十月四日及び同年十一月二十八日の各臨時組合員総会において、被告組合が訴外中部電力株式会社より受領すべき漁業補償金五千七百万円の内金二千五百万円は魚族の繁殖保護の資金として永久に之を貯金し右内金二千万円に限り組合員に分配する旨の決議をなし、次いで同三十年三月十四日の定時組合員総会において漁業補償金五千七百万円の内金二千万円を組合員に分配する旨の右臨時組合員総会の決議は各金員が漁業施設資金であつて組合員に分配すべきものではないとの理由で之を撤回する旨の決議をした。しかし右決議は何れも次に述べる理由で無効である。即ち、

(一)  原告等組合員は訴外中部電力株式会社が被告組合の漁区内である益田川の東上田に水力発電所を設置すべくダム建設工事をなすに至つた関係上、同所において漁業を営むことができなくなつた。そこで同訴外会社は被告組合に対し漁業補償金として金五千七百万円を支払うこととなり被告組合は之を昭和三十年二月までに全額受領したのであるが、右補償金は漁業ができなくなつた組合員個々の損害補償を前提として右訴外会社と被告組合との間に交渉妥結授受されたものである。されば漁業のできなくなつた限り被告組合の事業である水産動物の繁殖保護或は漁業施設の設置等は今後自からその必要がなくなつたのであるから、被告組合は、その事業によつてその組合員のため直接の奉仕をすることを目的とするという水産業協同組合法第四条の趣旨に則り右漁業補償金はすべて之を組合員の損害補償に充当分配し転業資金等として活用せしむべく努力しなければならない。然るに被告組合は前記の通り組合員総会を招集し右法条の趣旨に反する内容の決議をした。よつて右決議は無効である。

(二)  前記各決議は被告組合の漁業権又は之に関する物権の設定、得喪又は変更に関する事項に係るものであるところ、かゝる事項については水産業協同組合法第五十条によるも将又、被告組合の定款第三十八条によるも総組合員の半数以上が出席し、その議決権の三分の二以上の多数による議決を必要とするにも拘らず前記各決議は何れも右定足数を欠いてなされたものであるからこの点よりみても無効たるを免れない。

よつて前記各決議の無効確認を求めるため本訴に及んだと述べた。

二、被告訴訟代理人は本案前の答弁として水産業協同組合法は何等本件の如き決議無効について規定していないし、原告等にかゝる無効確認を求める利益はないと述べ、本案につき、原告等主張の事実中、原告等が水産業協同組合法に基き設立された被告組合の組合員であること、被告組合が原告等主張の日時場所において夫々組合員総会を招集し、その主張の如き内容の決議をしたこと訴外中部電力株式会社が被告組合の漁区内に水力発電所を設置しダム建設工事をするにつき、被告組合に金五千七百万円を支払うこととなり被告組合が之を全額受領したことは何れも之を認めるがその余の事実はすべて之を争う。右訴外会社の前記水力発電所の設置等により被告組合の組合員が事実上漁業を営むことができなくなつたのではないし、又同訴外会社より受領した前記金員は漁業を営み得なくなつた個々の組合員に対する損害補償金としての性質を有するものではないから之を分配すべき筋合ではないと述べた。

三、原告等訴訟代理人は右被告主張事実はすべて之を争う本件の如き決議無効の訴につき水産業協同組合法にその規定を欠いても憲法第三十二条により当然かゝる訴は許容されると述べた。

第三、証拠

原告等訴訟代理人は甲第一乃至第九号証を提出し乙号各証の成立を認め、被告訴訟代理人は乙第一乃至第六号証を提出し甲第一乃至第三号証、同第六乃至第九号証の各成立を認め、同第四号証は郵便官署作成部分のみ成立を認めその余は不知、同第五号証は不知同第七乃至九号証を利益に援用すると述べた。

理由

原告等の本件訴が水産業協同組合法に基き設立された被告組合の組合員総会の決議無効確認を求めるものであることその申立の趣旨より明白である。よつて以下かゝる訴の利益の有無につき判断する。

水産業協同組合法は商法第二百五十二条の如き総会決議無効確認の訴に関する規定を有しない。従つて同法に基き設立された組合についてはその総会の決議の無効は必ずしも訴の形式によることなくそれが現在の権利関係に影響を及ぼす限りその前提として之を主張し得るものと解するを相当とする。而して水産業協同組合法が、商法第二百五十二条の如き規定乃至はその準用規定を欠くのは蓋し水産業協同組合法に基き設立された組合は、その性格において公益的色彩が濃厚であるところから同法第百二十二条乃至第百二十七条の一連の規定からも明らか通り厳重な行政庁の監督に服するので株式会社の場合の如く総会の決議の無効を画一的且つ対世的に確定し取引の安全を計らねばならないと云う要請が極めて少いからに外ならないと思料される。中小企業等協同組合法第五十四条が商法第二百五十二条を準用し農業協同組合法にはかゝる準用規定を欠くことも右のような見地から之を首肯し得るのであり、又水産業協同組合法或は農業協同組合法には総会決議取消の訴に関する規定を欠くのであるが総会決議に商法第二百四十七条所定の如き瑕疵あるときは両法共に之が取消を監督行政庁に請求し得る旨規定し(水産業協同組合法第百二十五条、農業協同組合法第九十六条)直接裁判所に之が取消を求める民事訴訟を提起し得ないと解せられるに反し、中小企業等協同組合法第五十四条は右商法第二百四十七条を準用していることも亦同一の理由から理解されるのであり前記見解を裏付けるものといわなければならない。従つて水産業協同組合、或は農業協同組合等には商法第二百五十二条の類推適用はないものと解すべきである。

されば本件において原告等は訴によらずして被告組合の総会決議の無効を主張し得るのであり且つ本件において被告組合の総会決議の有効無効はそれによつて影響される原告等の現在の権利関係乃至法律関係の前提問題たる過去の法律関係にすぎないことその主張自体に徴し明白であるから原告等は民事訴訟法の一般原則に従い総会決議の無効を主張して現在の法律状態の確認を求めるなり給付の請求をなすべきである。然るに原告等は徒らに過去の法律関係にすぎない総会決議の無効確認を求めるのであるからかゝる訴は確認の利益を欠くものというべきである。原告等はかゝる訴も憲法第三十二条により当然提起し得るものであると主張しているが憲法第三十二条は訴の利益のない場合に適用のないこと明白であるから原告等の主張はその理由がない。そこで爾余の争点の判断をなすまでもなく原告等の請求は失当として棄却を免れない。

よつて訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条第九十三条を適用して主文の通り判決する。

(裁判官 奥村義雄 小渕連 川嵜義徳)

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